Part0[概要]

 当然のようにあるこの宇宙そしてこの地球、当然のようにある自然そして自分たち。しかも、それらが自然に出来たかのように錯覚している私たち地球人。
 一体、私たちは何故この地球に居るのでしょうか? どこから来たのでしょうか? あるいは誰かに創られたのでしょうか? 何も知らないまま、毎日を漠然と過ごす私たち。

 この宇宙には私たち地球人しか居ないのでしょうか?

 答えを先に言ってしまえば、この宇宙には地球人以外に多くの宇宙人が存在しています。しかも、地球人と違い何の災いもなく日々安堵に満ちた生活を送っています。そのような宇宙人から見れば、この地球は非常に特殊な場となります。争いや事故や犯罪や病気があるのはこの地球だけなのです。

 何がために私たちは、この地球のこの世に生きているのでしょうか? また、争いや事故や犯罪や病気を無くすにはどうしたらよいのでしょうか?

 答えは簡単です。この世に起きる全ての問題は、自己保存の考えをなくすことにより解決します。つまり自分のために生きるのではなく他のために生きようとするならば、言い換えれば、お互い助け合って生きようとするならば、何一つ災いは起こらなくなります。しかし、それでは醜い心を温存してしまうことになります。ならば「逆をしましょう。」ということで作られたのがこの世なのです。そしてそれがためにこの世は台本通りに動いているのです。
 アガスティアの葉やノストラダムスやジュセリーノの予言などが図らずも的中するのは、この世が台本通りに動いているからなのです。
 そして、その台本の筋書きは、あなたがこの世に生まれてくる前に自分自身で納得して書いたものです。しかし、その筋書きには分岐点があります。その分岐点をどちらに進むかによって台本がすり替えられます。
 特に2015年のアセンションを機に地球の波動が大きく変化して、筋書きの本筋となるところは替わりませんが枝葉となるところは目まぐるしく変化します。台本のすり替えも激しくなってきます。当然予言が当たる確立も小さくなってきます。 2015年に筋書きとして何らかの変化が起きるかも知れませんが、すぐさま滅亡するということではありません。しかし、様々な予言書に共通してある通り、もう数十年で現代文明は滅亡します。
 滅亡と聞くと恐怖を抱かれるかも知れませんが、滅亡こそが次の創造の始まりなのです。今までに地球の文明は3回誕生し滅亡しています。現代文明は4回目なのです。そしてこの文明もまもなく滅亡し、次に新たな文明が生まれることになります。そして、次の文明こそが戦争や病気など全く苦しみのない、すべての心が幸せとなる文明になるのです。

 しかし、2015年に起こる波動の変化に地球人の心のレベルがついていかないと、その生き様は明暗としてハッキリ区別されることになります。波動のレベルの変化に心がついていく者は、その恩恵を受けることになり、いかなる難関も切り抜けることができます。
 自分を良くし他のために生きようとする者こそが現代文明を最後まで生き抜き、来世も人間として生きる心となれるわけです。そしてさらに、現代文明を最後まで生き抜いたものは、第二のノアの方舟により全員救われることになります。

 このホームページはそのような方々のために書かれたものです。

 波動合わせPart3まではどなたが読まれても害あるものではありません。むしろ逆境に立たされている方々には勇気を与えるものとなります。しかし、Part4からは人間としての正しい心持ちが何かを理解できない方には、困惑したり恐怖を覚えたりするものとなりかねません。
 逆に、来世も人間として生きようと思われる方は、いつかは必ず読んで頂かねばなりません。その時期は筋書きで決められていますが、それはその方の分岐点でもあります。
 「いや、わたしはそんなもの読まなくても人間としての正しい心持ちは理解できる。」と言われるならばその必要はありません。そのような方は自らがお釈迦様やイエスキリストのような心持ちとなれる方ですから。

 さて、このような書き方をすると、何か怪しげな宗教のように捉える方もおられるかも知れません。そこで、宗教について、ここで少し述べさせていただきます。詳しいことについては各Partで少しずつ触れていきますが、皆様方が宗教の犠牲にならないように、先に申し上げておきたいと思います。現在何らかの宗教に関係しておられる方には、失礼になるかも知れません。お許し下さい。

 結論から言いますと、最終的には宗教は必要ないものです。神は人間に何を求めているのかというと、神と同じ心持ちになりなさいと言っています。宗教のように神様仏様と崇め立てていたのではいつまで経っても神と同等の心になることは出来ません。もし、あなたが何らかの宗教を信仰していて来世も人間として生きようと思われるならば、必ず何処かでその宗教から脱却して下さい。

 宗教の言っていることには確かに一理ありますが、矛盾することもまたあります。それは神の言っていることを理解出来ていなかったり、自分の都合良いように解釈したり、偽りの天の声に惑わされたりするからです。
 偽りの天の声は、その人の心のスキをどんどんついてきます。天の声と言っても、これはおかしいと思うものは、否定しなければいけません。天の声とはあくまでも各自に着いている守護霊の声です。

 既に何らかの宗教に関って傷つけられた方があるかと思いますが、そのことを悔やんだり、相手を憎んだり、恨んだり、責めたりしないで下さい。それよりも自分にスキがあったわけですから、それを戒めて下さい。嫌なことでもプラスに考えて生きるならば、それがきっかけとなり、きっと良い方向へ向かっていきます。

 話を元に戻します。近い将来やってくる多くの惨事を防ぎあるいは乗り越えるためには、心のレベルを上げる必要があります。それは人間としての正しい心持ちとは何かを知ることでもあります。でも、人間として正しい心持ちとは何かと聞かれても容易に答えられるものではありません。私とてその答えを出すに至るまでには様々な苦労を乗り越えてきました。人生のどん底にも落ちました。「艱難(苦労)汝を玉にす。」を座右の銘として耐えに耐えやってきました。その結果得られた答えをPart4[心]に書き記したわけです。でも、皆様方はそこまでして頂かなくてもPart4を読んで頂くだけで人間として正しい心持ちとは何かを知ることができます。後はそれを自分のものとなるようにすればよいだけです。
 Part4を読み自分の心をレベルアップすれば、分岐点に差し掛かったとき良い意味で災いの少ない道を選ぶことが出来ます。筋書きとしてではありますが未来を変えることが出来るのです。そしてそれは自分だけでなく、あなたの周りの者も災いから救うことにもなります。言い換えれば、陰の救世主とも言えます。来世も人間として生きられる方はすべてが陰の救世主なのです。

 地球人には「事が起こらないことには改めようとしない。」という性(さが)があります。それは自らが苦を欲していることになります。ならば、事が起きてから気がついたほうが良いことになります。そのほうが良いと思われるならばそうしたらよいでしょう。でも、災いを未然に防ぐにこしたことはありません。そしてそれが人間として正しい心持ちのひとつでもあります。
 災いを未然に防ぐと言うことは、誰が災いを防いだのか分からないということになります。救世主は「かげのちから」的存在ということになります。ただし、その「ちから」を良い意味で人々に誇示しなければならないときは、嫌でも表に引っ張り出されることもあります。

 先ほども言いましたが、本当の救世主というのは、事が起き始めるまでにそのことに気が付き、事前に災いが降りかからないよう、たとえ降りかかってきても容易に払いのけることができるよう対処しておくことができるものです。

 事が起きてから立ち上がり人々を先導する方もおられますが、そのような方は救世主とは言いません。筋書きの立役者と言うことはできます。(偽りの救世主とも言えます。) 救世主はあくまでも「かげのちから」としてお手伝いするだけです。
 いずれにしろ、現代文明を最後まで生き抜くには人間として正しい心持ちを理解しなければなりません。そのためにPart4[心]を読んで頂くことを願うわけです。事が起きてから読んでいたのでは手遅れとなることをご理解下さい。

 事が起き始めると、先程述べた“偽りの救世主”が登場し、ヒーローとしてこの世を導くことになります。しかし、来世も人間として生きる者は偽りの救世主に惑わされることはありません。
 多くの人々はこのヒーローの登場を歓迎し、救世主として崇めることになります。が、これは 現代文明の破滅に一層の拍車を掛けることになり、さらなる悲劇を生み出します。また、地球人を二分化する一大要素ともなります。でも、このことはこの世を最後まで生き残る者にとってはかえって好都合となります。見て見ぬ振りをしなければいけないので辛いこととなるかも知れませんが、そうすることが醜いこの世を一挙に終わらせ、次なる創造につなげる最善の方法なのです。

 注意して欲しいのは、偽りの救世主に惑わされる者は駄目だということではありません。それはそのほうが来世は幸せになれるということです。問題はそのような悲劇に対して如何に目をつぶっていられるかということです。換言すれば『色即是空』です。(色即是空を知るためには、まず人間として正しい心持ちとは何かを追求して下さい。その結果得られるものです。)

 Part4の内容は、様々な経典に書かれていることと重複することもあります。でも、一般人には(私も含めてですが)現代文で書かれていないものは読むことすら難しいです。ましてその意味を理解しようとすると尚更困難です。現代文に訳されたものを読んだとしても、いまいちその意味を理解することはできません。
 ひとつ例に取ると般若心経という経典には「宇宙は無である。」という謎解きがされています。この謎解きできますか? また、ここに出てくる「色即是空」という本当の意味が分かりますか? ハッキリ言って誰も分かっていません。失礼なことを言いますが、本当に分かっておられるならば、お坊さんはあのような装束に身を包まないでしょう。坊主頭にはしないでしょう。
 Part4は、それらに書かれていることに対してもさらに奥深く論理的科学的に分かりやすく解説しています。

 般若心経については、Part4の原稿を書き終えた時点で、ある方からその意味の概ねを教えてもらいました。(私に般若心経の意味を教えて下さった方はその本当の意味を知っていたわけではありません。現代訳した文を丸暗記していただけです。)
 それまでは色即是空の言葉は知っていましたが般若心経に出てくる言葉とは知りませんでした。また、いつの時代を起源とするのか分からない経典に宇宙は無であることがすでに書かれていることには驚かされました。般若心経に限らずこの世の筋書きの始まりには、今ここに私が記さなくても、宇宙の謎や人間としての正しい心持ち、そしてこの世の最初から最後までの記録つまり預言書と言われるものは、すでに存在していたのです。それが言い伝えられあるいは書き写されたものが今も聖書や経文などの形で残っているわけです。日本にも日月神示という現代文明崩壊のシナリオを書いた予言書があります。これは私がこの世に生まれてくる前に啓示しておいたものです。従ってその内容は、Part4[心]とよく似ています。(日記のページで紹介してあります。Part4[心]の原稿は平成18年に書き終えています。日月神示を知ったのは平成21年です。)

 般若心経など、お経をあげるという行為は、その意味が分かっていなくても言霊(ことだま)という言葉があるように、唱えることにより何らかの波動が発せられます。その波動には、純粋にその経本に含まれている波動と、お経をあげる方の心の波動の両方が含まれます。純粋にその経本に含まれている波動は問題ないとしても、その人の心が発する波動は何が為にお経をあげるかによって良き力ともなるし悪き力ともなるし無駄にもなります。失礼なことを言いますが、大半はお経をあげて御利益を期待するという煩悩を吐いていることがほとんどと言えます。形式的にお経をあげるのも煩悩の放出です。 Part5[時間と空間]が2015年以降になる理由について説明しておきます。

 現時点において、私の顕在意識においては、時間と空間の原理は概ね理解できています。(潜在意識は何もかも知っています。)時間については、アメリカの予言者エドガー・ケイシー(Edgar Cayce, 1877年3月18日 - 1945年1月3日)が少し述べています。その概念は確かにこの方の述べる通りです。確かにその通りなのですが、地球人が解釈している時間の概念からは余りにもかけ離れていますので、このことを聞いて理解できる方はまずおられないと思います。科学者的立場に立っておられる方ほど固定観念が強いので、本当の時間の概念を理解するのは科学者ほど難しくなります。
 エドガー・ケイシーの予言は催眠状態において行われるものです。これはこの方が覚醒していないため、このようなことを上からのテレパシーで伝達することが困難がために行われることです。

 話がそれましたが、私とてそのことを理解できていても皆様方が理解できるように説明するには、今の私の能力・体力では難しいことです。
 今、私はある病気(小冊子「煩悩のあいうえお」「プラス思考」「霊障」参照)のために本来の能力を発揮することができません。また、体力もありません。このような文章を書くだけでも疲労困憊しています。人間としての正しい心持ちを理解できた現在、精神的な苦はありませんが、この病気がための肉体的苦痛はまだあります。
 「今、私はある病気のために本来の能力を発揮することができません。」と書きましたが、これをプラス思考すれば、「今は本来の能力を発揮してはならない。」と言うことになります。「良い結果を出すには今は自分の力を出してはいけない。今は耐え忍ぶときだ。」と言うことです。一言で言えば「和光同塵」となります。(和光同塵についてはPart4[心]語録のところで説明してあります。)
 また、今ある不運は不運ではなく、次ある幸運のための礎とも言えます。他に「一病息災」と言うこともできます。 苦がないと心は成長しません。私の潜在意識つまり本質の心は完璧ですので、潜在意識にある心を成長させることは不要です。でも、顕在意識にある筋書き上のダミーの心を成長させることは必要です。潜在能力でこの世を乗り切るのではなく、顕在能力でこの世を乗り切るということです。言い換えれば、私においてはこの世では潜在能力を出してはならないということです。従って、今ある肉体的苦痛は、顕在意識にあるダミーの心を成長さすために必要なわけなのです。
 今ある肉体的苦痛がなくなった時、つまり病気を克服できた時、私の顕在能力は本来のものとなります。しかし、そこまで到達するには幾多の段階を踏まなければいけません。いきなり克服できるというものではありません。Part5は、その段階の途中で書き上げることになりますが、今はアセンションにより地球の波動が変わる2015年以降としか言えません。そして、その頃になれば、私の顕在意識には新たな真実が浮き彫りにされており、そのことも書き加えることができるでしょう。

 以上、駆け足で説明しましたので意味のよく分からないところが多々あったかと思います。Part4[心]まで読まれると、その意味は分かってきます。

 それでは、Part1[ハンドスキャン]からお読みになって下さい。