Part4[心]テーマ抜粋

 この抜粋を掲載したのは、どのような内容なのか知っていただくためという意味もありますが、今現在苦しみをもっておられる方を少しでも和らげたいという思いも含まれています。
 人間として正しい心持ちになれば苦しみはなくなります。ならば人間として正しい心持ちとは何かを教えてあげるならば、その方は苦しみから解放されることになります。
 とは言っても人間として正しい心持ちをすべて理解することは容易なことではありません。この抜粋は、その中から理解しやすく誤解のないもの、そしてどなたが読まれても無難であろうと思われるものを掲載しました。


■テーマ

1.始めに
 平成元年に覚醒し、人間として正しい心持ちとは何かを追求し始め、十九年間の歳月を要してようやくこれだけの悟りを開かせて頂きました。執筆するに当たっては手痛い目に遭った中でもそれに対する十分な時間を与えてもらいました。Part4の原稿は半年足らずで書き上げることができましたが、それを検証するために二年余りの歳月を要しました。Part4の内容が決して間違いでないことを確認するため、自分自身を肉体的にも精神的にも極限の状態に置き十分に検証しました。ここにPart4の内容が決して間違いでないことを宣言しておきます。


2.心と肉体
 心と肉体(脳)は同じものである。いや別のものである。賛否両論があると思います。真実をご理解されている方には無用のことかも知れませんが、ここでは心と肉体は別のものであることを前提にしてお話しします。

 まず、心が肉体のどこに位置するかを説明します。

 それでは脳は何をしているのかということになります。

 そう細胞ひとつひとつにも心が入っているのです。心がないことにはウィルスのような極小の生命体であっても存在しえないのです。

 自分の頭の中に複数の心があることは、自分の心を岡目八目(第三者は当事者よりも情勢が客観的によく判断できるということ。) として見るとよく分かります。自分の頭の中でいろいろな心が言い争っていませんか。つまり葛藤していませんか。


3.父の死
 私は父の臨終に立ち会い、その時、心がどう離脱するのか見ることができました。
一般の者が人の死を見ることは稀です。貴重な体験となりました。

 いよいよ心電計が途切れ途切れとなり、亡くなることがはっきりと分かった時、上からUFOが降りて来るのが分かりました。上空で停止したかと思うと、すぐさま迎えが降りて来て心電計がピクリともしなくなった時、父の心は視床下部から抜け、またたく間に迎えと一緒に上がって行きました。父の心は、この世を全くさまようことなくあの世へと旅立ちました。わんぱく小僧の心と怖い心は上へ上がることはありませんでした。

 これだけ苦しんだにも関わらず、父の心は、来世は人間として生きるのを諦めたということです。
 生前、父は「人は死んだら終わり、来世などはない。」と言っていました。生まれ変わりの理論が分かるだけの心ではなかったということです。あの世での休養が済んだら自分の生まれた星へと帰り、自分の能力に相応しい役目をもって生まれ変わるでしょう。人間に仕える身となり、自分の能力を最大限に発揮できると思います。

 それと、どんな育てられ方をしても、親があって自分がいるのだということを忘れないで下さい。


4.幸せ
 幸せとは一体何でしょうか?

  ───幸せとは誰にでも与えられるもので、
          永遠に続くものではないでしょうか?───

 そんなものこの世にあるのかと思われるかも知れませんが、あるのです。

 私が悟りを開くまで、座右の銘としていたことわざに「艱難(かんなん:苦労)汝を玉にす。」というのがあります。まさしくこの通りなのです。自分で心を丸く大きくするには苦労しかないのです。苦労は心の糧なのです。

 苦労によって、心を玉にする方法は二つあります。一つは宝石をカットするように、もう一つは凸凹のところを埋めていく方法です。これだと

 自分の好むものが快楽的な場合は、一時的な幸せ感は得られますが、結果的には身体を駄目にします。幸せの基本は健康です。いつかは快楽を追わなくてもよいようにして下さい。

 自分のものというのは、自分の心しかないのです。それ以外はすべて与えられたものなのです。また自分の肉体が存在するには、この宇宙があり、地球があり、自然があり、食べ物があり、衣服があり、家があり…それらを作ってくれる人がいて、あなたを守ってくれる人がいて、ありとあらゆるものがあって、すなわち他があって自分が存在できるわけです。

 地球人がこの世に生まれ出てきた理由や役目役割は、人それぞれです。いろいろなパターンがあり千差万別ですので具体的なことは述べることはできませんが、生まれてきた理由や役目役割に関わらず、最終的には無に帰しない限り、全ての心が幸せになれるようになっています。またそれがすべての心に共通する目的です。

        ───この地球で誰もができること───
     「自分を良くし、全ての心が幸せであるように願うこと。」


5.人間愛
 愛とは特別な感情なのでしょうか?
 いいえ、人間が抱く愛とは、万物に対する普遍的、共通的な心の持ち方であって、感情ではありません。人間の抱く愛(以後、人間愛と呼びます。)を他の言葉で表すなら

 動物にも愛はあります。でも全ての心が幸せであることを願えたとしても、それを叶えるだけの能力はありません。自分の仲間、自分に関するものにしか愛を注ぐことができないのです。これが

 人間は考える葦と言います。確かに今の地球人を見ていると動物のような特質的に強い肉体を持たない分、知恵を使い、工夫を凝らし、強く生きているかのように見えます。特に現代科学の進歩発展は目を見張るものがあります。これから先、さらに大きな発見がなされ、驚嘆すべきでき事が起きて来るでしょう。
 でも、この現代科学をよく見て下さい。大きな災害が起きた時、またたく間に崩れ去っていくのを感じませんか。地球温暖化による異常気象はさらに激しさを増し、そこに地震による災害が加われば、

 地球人が本当に考える葦であるならば、自分で自分の首を絞めるようなことはしないでしょう。まして、本当に頭がよければ、この宇宙が偶然によってできたものではなく、誰かが創ったものであることもすぐ分かるでしょう。さらには私たちがこの宇宙で生きているのではなく、生かされているということにも気がつくでしょう。

 エロヒムの科学を見れば分かるように、本当の人間には、最低でも、遺伝子を合成し様々な動植物を創造し、組み合わせ、地球のような大自然の摂理法則を構築できるだけの能力があります。私たち地球人のレベルと言えば、エロヒムが作ってくれた自然の中

 この自然の摂理は、隕石が衝突するような天変地異の起こらない限り保たれるものであり、たとえ隕石が落ちたとしても、今のエロヒムの科学力なら修復できるものなのです。だけど今の地球を見ると分かるように、このまま自然破壊が進んでいくと、エロヒムの力を借りても修復できないところまで達してしまい、火星のような水も空気もない荒漠とした星になってしまいます。
 一体何がいけないのでしょうか?

 今、何故そうなっているのか、なぜそれがあるのかは、過去を熟知しているものでないと分かりません。それが歴史の重要さなのです。
 そのためには、不老不死であることは絶対条件となります。これもエロヒムのように科学が発達すればわけのないことです。ただ、それだけの心を持っていないとなれません。不老不死は、地球人のある者にとっては究極の願いかも知れません。でもいざそうなった時、人間として正しい心持ちでない者は自ら死を選ぶことになります。

 生きがいがなかったら、神とて退屈な宇宙になってしまいます。そこで神が人間に与えたものは、というより、そうすることが人間としての肉体を維持し、心を維持するもの、それが恋愛とセックスなのです。恋愛とセックスが人間の生きがいであることは「真実を告げる書」にも書かれているところです。ここで注意して欲しいのは、今の地球人の恋愛、セックスは、人間としての本当の恋愛、セックスではありません。従って、今あなたが思うところの恋愛、セックスではいきがいとはなりません。

 今、あなたがあなたの子供を愛するように、全ての子供を愛することができますか?
ならばそれは渇愛ではないでしょう。
自分が創造したものにものには最後まで責任を持たなければいけません。そういう意味でわが子に対し強い愛情を持つならばそれもまた渇愛とは言わないでしょう。

 時に人間愛は、相手を苦しめなければいけない時もあります。先ほど述べた、見て見ぬふりをするのもその一つです。それは相手が人間として正しい心持ちでない場合、それを正してあげようと一生懸命教えてあげてもどうしても分かってもらえないときがあります。そのときは、一層苦しみを与えなければいけないことになります。
 相手を叱り、また、相手を困難な目、嫌な目に合わせ、窮地に追いやることは、それが相手のためと思うならば、本当の愛の鞭かも知れません。そうでないならば、自分のうっ憤を晴らしているだけかも知れません。あなたがお釈迦様のような心でない限り、後者だと思った方が無難でしょう。

 今の自分の知識・能力で考えたことは最善策だと思っても、まだまだ他に良い方法があるかも知れません。自分の思いをなくして下さい。自分の意に反すること、自分の思うようにならないことが、かえって良い結果を生みだすのだと思って下さい。

 自分が最善を尽くした上で自分の思い通りにならない時は、そうならない方がかえって良い結果になるのだと考えて下さい。そして、そのようなことを何度か乗り越えていくと自分の思いが筋書きと一致するようになってきます。そこまで来れば、人間として正しい心持ちになるのは目前です。

 腹を立てて楽しいですか? 腹を立てて人を幸せにできますか? 腹を立てることを当たり前だと思わないで下さい。
 腹を立てないように自分を訓練しなければなりません。顔は笑って心の中で腹を立てていたのでは全く駄目です。訓練ですので、繰り返し繰り返し腹を立ててはいけないことを自分の心に命じていけば、何処かで必ず腹を立てる心そのものがなくなる時が来ます。どんな目に遭おうが腹を立てることはないです。

 時には片親がいない方がかえって強い子に育つ場合があります。離婚することが子どもにとって悪影響を及ぼすとは限りません。と言っても、人それぞれ色々な意味合いがありますので勘違いはしないで下さい。また、どんな育て方をしても真直に育つ子は真直に育ちます。家庭環境の良い悪いとは比例しません。


6.恋愛
 「色即是空」という言葉があります。
 いきなり難しい言葉から始まりましたが、この境地が本来の恋愛感を得るためには必要となります。辞書を引くと、色即是空とは「物質的な存在は空しいもので執着するものではない。色とは感覚で知覚できる事物、現象の意」とあります。(恋愛感は一般には恋愛観と書きますが本当は感じるものなので恋愛感と書きます。)

 となると、恋愛感は色即是空の境地だけでも語れないことになります。
 色即是空を簡単に言い表せば、

 私自身も、いろいろな超能力・超常現象を体験してきました。瞬間移動・物体貫通・空中浮遊・時間のコントロール…、オーラを見たり感じたり霊を見たりすることや波動を利用して治療すること、そして人の心の中の声が聞こえて来ることもあります。
 瞬間移動・物体貫通・空中浮遊・時間のコントロールは、今は封じられています。具体的なことは、いずれ日記のページで紹介します。時間のコントロールについては、Part5[時間と空間]で詳しく述べます。オーラを見たり感じたり霊を見たりすることや波動を利用して治療すること、そして人の心の中の声が聞こえて来ることは、まだ未熟ではありますが必要に応じて(筋書きとして)できます。
 私の場合、このようなことは科学的・論理的に理解できましたので、何の驚きもなくそれが当然のように受け止めることができました。またそのような超能力・超常現象を体験してきたことが、今の自分を支えとなっているわけです。

 ハンデがあったとしてもこの地球上にいる間だけのこと、わずかな時間辛抱すれば、自分の星に帰ることができ、そこでは身も心も美しい姿でいられるでしょう。ハンデには姿形だけでなく、知能・性格・五体・五感・六感(波動を感じる能力)・環境…と色々あります。
 と言っても、あらゆる面でハンデのない者も筋書上必要となりますので、ハンデのない者をまたどうこう言う必要はありません。
 この中で性格のハンデについて、具体例をあげておきます。

 恋の苦しみを生み出しているのは一体何だと思いますか。それは人間愛がないまま恋をしているからです。言い換えれば、自分を中心として恋をするからです。人間として正しい心を持たないまま恋をするからです。人間として正しい心を持たないだけでも苦しいのに、そこへ恋をするわけですから尚更です。

 これには、あなたの人間愛が深く関係します。どれだけ深い恋愛をしようが、人間愛のない者には、相手を幸せにすることはできません。また、本当の恋愛感が分かりません。求める側に確かな人間愛があれば、その恋愛は必ず実ります。なぜならば、人間愛を持つ者は形・時間・空間にこだわらず、恋の盲目とならず、全てを見て判断できるからです。また、それだけの人間愛があれば、確かなる恋愛感もあるでしょう。

 恋愛感には、心の中で思う理由は何一つありません。本当の理由はただ一つ、心の構造が一緒であることなのです。

 恋愛だけなら結婚は不要です。むしろ、自由に恋愛するなら結婚はしない方が良いでしょう。でも相手を守ろうとするならば、この地球では良い方法です。
 一般に、結婚は相手と一緒になりたい、相手を自分のものにしたい、結婚して子供を産んで幸せな家庭を築きたい…等の理由ですると思います。でも、これはすべて自己を中心としたものです。これでは動物的な幸せは得られたとしても人間としての本当の幸せを得ることはできません。結婚は自分のためにするのではなく相手を守るためにするのです。

 今、パートナーのおられない方、またパートナーがいてもかえって苦しみとなる場合は、それがあなたの心を成長させるのだと考えて下さい。


7.欲と拘りと感情
 「煩悩」という言葉があります。煩悩とは、辞書を引くと「心や体を悩ます一切の欲望」となっています。これを逆に言えば、一切の欲望をなくせば、心や体は悩むことがなくなることになります。但し、ここでいう一切の欲望とは、あくまでも心や体を悩ます欲望を指しているのであって、正しい意味でのつまり肉体を維持し人生を楽しむための欲望は入っていません。そのような欲望までなくしてしまったら、肉体の維持はできなくなるし、生きていくこと自体が味気ないものになってしまいます。

 神が宇宙を創った理由は分かりますか? すごく簡単なことです。

 人間以外の生物が楽しく生きられる方法はわかりますか? これも簡単なことです。

 犯罪者を憎むなと言っても難しいです。だから犯罪者がいるのかも知れません。(あなたの憎む心を取っているのが犯罪者なのかも知れません。)人を憎んだり責めたりする心もまたそうなろうとして生まれてきたわけではありませんが。

 人間がこの宇宙を楽しく生きるためには、まず欲望を不必要なものと必要なものに分けなければいけません。必要な欲望とは、皆が永遠に楽しく生きられるためのもの。不必要な欲望とは、

 煩悩とは「心と体を悩ます一切の欲望」となっていますが、心や体を悩ますのは欲望だけではないです。拘り(こだわり)や感情も、不必要なものは心や体を悩ますことになります。
 必要な拘りとは何でしょうか。

 あなたに人を思う気持ち(人間愛)があれば、まず清潔であること、そして相手が心地よく思えるようなおしゃれをすればよいのです。自己を満足させるために綺麗にすると、相手に不快な感じを与えます。逆に何もおしゃれをしない無精な格好も、相手に不快感を与えます。誰も見てくれる者がないときでも、健康であるため、また与えてもらった感謝の気持ちとして、いつも清潔で小ぎれいにしておくことです。
 見る相手の欲望によっても、自分のおしゃれは変わるかも知れません。相手の欲望が必要なものであれば、そのようにしてあげればよいです。好きな人に好かれようと、あるいは好きな人が望むからと言って自分を変えようとする人がいます。それが人間として正しい心持ちであるならよいのですが、そうでない場合は、自分も相手も戒めて下さい。

 おかしいけれど従わなければいけないものは他にもたくさんあると思います。でも、それに反発して、相手の心が良くなればそうしてもよいですが、反発を招くだけの時はそっとしておくことです。「郷に入れば郷に従え。」です。

 人間と動物の違いは、テーマ“人間愛”の中で述べていますが、動物は、自分もしくは自分に関係するものを守り生きていればよいのですが、人間は、自分以外のものを守って生きていかなければなりません。これは喜怒哀楽の感情も全く逆になることを意味します。

 地球人は健康を害するものでも、おいしいおいしいと言って、食べたり飲んだりします。そしてそれを喜びとします。この喜びは間違っていると思いませんか? 人間は、動物にはない味覚があります。その分、自制する心がないと不必要な欲望を生み出します。不必要な欲望を生み出すのは味覚だけではないことは既にお分かりと思いますが、機能があればあるほどそれを超える自制心が必要となるわけです。

 人間に与えられた機能を満足させようとしてはならないのです。人間と動植物の幸せ感は、逆であることをご理解下さい。

 悲しむことはありませんか? 私も泣くほど悲しんだことはあります。でもある時、気が付きました。悲しむということは、

 命の灯が消える時、人は悲しむものです。心の未熟な分、人間としての機能を完全に与えられていません。従って形・時間としての生死をコントロールできません。もし生死をコントロールできるならばそのことに対し、喜ぶことでも悲しむことでも、また怖いことでもなくなるでしょう。たとえ、生死をコントロールできなくても、生まれ変わりを信じられる(理解できる)ならば、それを悲しんだり喜んだりすることでないことが分かるでしょう。
 死というものは肉体が無くなるだけで、心そのものは何ら変化がありません。だけど、この世は宇宙では特別な場所です。肉体を失った心は、そのまま放っておくとさまよってしまうことになります。でも心配ありません。それまであなたを見守っていた心がちゃんと迎えに来てくれます。ただ、この世での未練が強く残りそれを断ったり、あるいは自殺したりすると迎えが去ってしまう場合があります。そうなると心のまま、この世をさまようことになります。

 地球人一人一人の頭上には円盤(UFO)に乗ってあなたを見守り、筋書き通りに動くようにコントロールしてくれる者(守護霊)がいます。その者があなたのお迎えとなるわけです。

 宇宙船に乗ると最初にすることは、この世での反省です。これは「生きがいの創造」に書かれていることと同じです。反省と言っても自分のしてきたことが正しかったかどうかの判断だけです。あまり嘘をついていると閻魔大王のような者が出てくるかも知れませんが、責めを受けるようなものではありません。寛大なものです。その判断さえしっかりできれば、

 悪行とは犯罪行為だけをいうのではありません。不必要な欲、こだわり、感情からの行為すなわち煩悩から発せられるものはすべて悪行となります。ということは、この世のほとんどの行為が悪行ということになってしまいます。これはお互いが苦を与え合っているということです。言い換えれば、お互いにエネルギーを交換し合っていることになります。従って、程度の差はありますが、一方だけが極端にエネルギーが減少することはありません。このとき相手から与えられた苦を自分のものにすることができる者は、

 宇宙船でメモリーの整理ということは、肉体を持たず心のままで夢を見ることになります。この世で悪行の多かった者は地獄のような夢を見るでしょう。善行多かった者は、天国のような夢を見るでしょう。それが天国と地獄の差です。いずれも夢ですので実在するわけではありません。本当の地獄があるとすれば、この世のことでしょう。
 ここでメモリーの整理が終わり夢からさめると、

 苦しみに耐えかねて、早く死にたいと思う人がいます。でもその苦は、自分の心を修正するものです。言い換えれば、苦というものは、自分の心が持っているものです。この宇宙で生きる以上、いつかは出さねばならないものです。自殺すると言うことは、苦から逃れただけで、なくなってはいません。自殺してもこの世に残り、心のまま苦を背負わなければなりません。だから自殺をすると迎えに来てくれないのです。


8.お金と経済
 経済の話と言っても、難しい経済論を述べるわけではありません。述べようにも、私にはそのような知識はありません。全く違う角度で経済を見てみたいと思います。

 お金と経済は切っても切り離せないものと思われていますが、本当にそうなのでしょうか? この世から、お金が突然消えてしまったら経済は成り立つでしょうか? 答は「成り立つ」です。ただし、地球人の全員が人間として正しい心持ちであることが条件です。
 辞書を引くと、経済は「国をおさめ、国民を救うこと(経世済民)」となっています。この文章の中には、お金という言葉は入っていません。国をおさめ国民を救えるならば、お金はいらないのです。

 あなたはいつも通りスーパーに買い物に行くとします。いつも通り商品をカゴに入れ

 お金というものの性質を述べておきます。

 ただ程怖いものはないと言いますが、お金のある世の中でただで手に入ることは、その分、心のエネルギーを支払っていることになります。これは心を縮小することにもなります。(Part4が有料であるのはそういう意味もあります。)


9.役目と能力
 地球人の能力と言うものは、宇宙人の足下にも及ばない低いものです。従って、この世の上に立つものは、この宇宙でそう能力のない者でも上に立つことができます。それと今は筋書きですので、今ある能力がその人の能力とは限りません。「あの人すごく頭がよい人だ。」と言っているあなたの方がずっと頭が良いかも知れません。
 頭の良い悪いだけではありません。運動能力や芸術などの能力も同じことが言えます。自分の本当の能力を精一杯使って、この世での能力としている場合もあるし、逆に本来の能力は発揮せずに筋書きとしてあてがわれた分だけを今の能力としている場合もあります。また、その人にそのような能力がなくても背後霊などが入って来て、その時だけ能力がアップし神業的なことをすることもできます。(反対に、悪霊が入って足を引っ張る場合もありますが。)
 それではこの世での能力・役目は何で決められているのでしょう。

 この世というのは修行の場、順風満帆では困ります。あなたが好むリーダーの下で、いつも不平不満なく楽しく仕事をしていたら、いつまでたってもあなたの心は良くなりません。あなたから見て嫌なリーダーの方があなたの心を修正してくれることになります。嫌なリーダーと思っているだけで本当は良いリーダーなのかも知れません。人それぞれの立場があります。お互いの立場をよく理解することです。と言ってもバランスが

 本当に嫌なことは、あなたの心の変化と共に消滅していきます。何事もあなたの心持ち次第です。

 合法的であったとしても、人に苦しみを与えるような職業に就いておられる方も心は縮小します。でも、そのような方は、それを承知で自分の筋書きを書かれたわけです。自分の心を人のために役立てて下さいという温かい心の持ち主だからこそ書けた筋書きです。

 姿形だけにとらわれている人には、以上の話は理解できないかも知れません。肉体は心の入れ物。こだわらないことです。広く言えば色即是空です。唯心論で物事を考えて下さい。姿形はあくまでもその心あっての姿形です。また、今は筋書き上の姿形です。

 良い性格、悪い性格というのがあります。良い性格を持って生まれれば、人に迷惑をかけることもないし、自分自身も楽に生きられます。しかし、それでは苦労がなくなってしまいます。心を修正するには苦という負荷が必要です。ならば、あえて悪い性格を持って生まれて来た方がよいことになります。そして自分の性格を良く知り、プラス思考できるようになれば、悪い性格も良い方向へと向けることができます。ここで注意して欲しいのは、

 表面的に良い性格であってもその中の心が悪いと何か大きなトラブルがあった時、本性が現れます。日頃綺麗ごとを言っている人でもいざとなるとどうなるか分かりません。人間としての心を持てない者は、窮地に立たされたとき、どうしても先に自分を守ろうとします。でも、それがその人の能力ですので、それを責めてもどうにもなりません。人間として生きる心を持つ者は、他を守るだけの能力があるからこそ人間となれるのです。

 この世での役目、能力は、あなたがこの世に生まれる前にあなた自身が納得して決めた者です。できる役、できない役、格好良い役、格好悪い役、ホームレスや犯罪者などまともな生活を送れない役もあります。できる役や格好良い役はだれでもできます。でも、できない役や格好悪い役は、それなりの心でないとできません。一概には言えませんが、できない役や格好悪い役の方が

 いつまで経っても心を良くしようとしない者でも、この世にいる限り悪い心はなくなっていきます。しかし心の大きさはどんどん小さくなっていきます。それはそれで来世はその心に見合う生命体となって幸せに宇宙を生きることができます。人間であることが幸せとは限りません。

 現代科学を理解するにも能力が必要です。でも現代科学というのはこの世の筋書きのために特別に作られたものです。
 宇宙へ出たら波動の科学が全てです。現代科学にはなくてはならない数学も波動の科学にもなくてはならないものですが、数字や記号は使いません。どれだけ現代科学を学んだところで宇宙に出たら役に立ちません。波動の科学を一からやり直さなければなりません。この世ではあなたが必要とするだけ理解できればよいです。それよりも今大事なのはいかに自分の心を高めるかです。

 能力があると言うことは、自分のためにあるのではなく、他のためにあると言うことなのです。自分が得するために能力があるわけではありません。
 人によっては能力があることを偉ぶる人もいます。その逆に能力ない人は能力ある人を偉大に思うことがあります。どちらも間違いです。お互い尊重尊敬しあうことは大切ですが、誰が偉いということはありません。

人間になる者は、人間としての心になるまで大きくしなければいけません。動物であったとしても、心が大きいほど感情豊かな動物になることができます。
 自分の心を今以上に大きくするためには、他の心をもらわなければいけません。でも、誰かが大きくなれば誰かが小さくなるしかありません。これでは困ります。どうすればよいのかというと、


9.役目と能力
 地球人の能力と言うものは、宇宙人の足下にも及ばない低いものです。従って、この世の上に立つものは、この宇宙でそう能力のない者でも上に立つことができます。それと今は筋書きですので、今ある能力がその人の能力とは限りません。「あの人すごく頭がよい人だ。」と言っているあなたの方がずっと頭が良いかも知れません。
 頭の良い悪いだけではありません。運動能力や芸術などの能力も同じことが言えます。自分の本当の能力を精一杯使って、この世での能力としている場合もあるし、逆に本来の能力は発揮せずに筋書きとしてあてがわれた分だけを今の能力としている場合もあります。また、その人にそのような能力がなくても背後霊などが入って来て、その時だけ能力がアップし神業的なことをすることもできます。(反対に、悪霊が入って足を引っ張る場合もありますが。)
 それではこの世での能力・役目は何で決められているのでしょう。

 この世というのは修行の場、順風満帆では困ります。あなたが好むリーダーの下で、いつも不平不満なく楽しく仕事をしていたら、いつまでたってもあなたの心は良くなりません。あなたから見て嫌なリーダーの方があなたの心を修正してくれることになります。嫌なリーダーと思っているだけで本当は良いリーダーなのかも知れません。人それぞれの立場があります。お互いの立場をよく理解することです。と言ってもバランスが

 本当に嫌なことは、あなたの心の変化と共に消滅していきます。何事もあなたの心持ち次第です。

 合法的であったとしても、人に苦しみを与えるような職業に就いておられる方も心は縮小します。でも、そのような方は、それを承知で自分の筋書きを書かれたわけです。自分の心を人のために役立てて下さいという温かい心の持ち主だからこそ書けた筋書きです。

 姿形だけにとらわれている人には、以上の話は理解できないかも知れません。肉体は心の入れ物。こだわらないことです。広く言えば色即是空です。唯心論で物事を考えて下さい。姿形はあくまでもその心あっての姿形です。また、今は筋書き上の姿形です。

 良い性格、悪い性格というのがあります。良い性格を持って生まれれば、人に迷惑をかけることもないし、自分自身も楽に生きられます。しかし、それでは苦労がなくなってしまいます。心を修正するには苦という負荷が必要です。ならば、あえて悪い性格を持って生まれて来た方がよいことになります。そして自分の性格を良く知り、プラス思考できるようになれば、悪い性格も良い方向へと向けることができます。ここで注意して欲しいのは、

 表面的に良い性格であってもその中の心が悪いと何か大きなトラブルがあった時、本性が現れます。日頃綺麗ごとを言っている人でもいざとなるとどうなるか分かりません。人間としての心を持てない者は、窮地に立たされたとき、どうしても先に自分を守ろうとします。でも、それがその人の能力ですので、それを責めてもどうにもなりません。人間として生きる心を持つ者は、他を守るだけの能力があるからこそ人間となれるのです。

 この世での役目、能力は、あなたがこの世に生まれる前にあなた自身が納得して決めた者です。できる役、できない役、格好良い役、格好悪い役、ホームレスや犯罪者などまともな生活を送れない役もあります。できる役や格好良い役はだれでもできます。でも、できない役や格好悪い役は、それなりの心でないとできません。一概には言えませんが、できない役や格好悪い役の方が

 いつまで経っても心を良くしようとしない者でも、この世にいる限り悪い心はなくなっていきます。しかし心の大きさはどんどん小さくなっていきます。それはそれで来世はその心に見合う生命体となって幸せに宇宙を生きることができます。人間であることが幸せとは限りません。

 現代科学を理解するにも能力が必要です。でも現代科学というのはこの世の筋書きのために特別に作られたものです。
 宇宙へ出たら波動の科学が全てです。現代科学にはなくてはならない数学も波動の科学にもなくてはならないものですが、数字や記号は使いません。どれだけ現代科学を学んだところで宇宙に出たら役に立ちません。波動の科学を一からやり直さなければなりません。この世ではあなたが必要とするだけ理解できればよいです。それよりも今大事なのはいかに自分の心を高めるかです。

 能力があると言うことは、自分のためにあるのではなく、他のためにあると言うことなのです。自分が得するために能力があるわけではありません。
 人によっては能力があることを偉ぶる人もいます。その逆に能力ない人は能力ある人を偉大に思うことがあります。どちらも間違いです。お互い尊重尊敬しあうことは大切ですが、誰が偉いということはありません。

人間になる者は、人間としての心になるまで大きくしなければいけません。動物であったとしても、心が大きいほど感情豊かな動物になることができます。
 自分の心を今以上に大きくするためには、他の心をもらわなければいけません。でも、誰かが大きくなれば誰かが小さくなるしかありません。これでは困ります。どうすればよいのかというと、


10.孤独と集団
 本来、人間という生き物は、地球人からは計り知れない能力を持っています。知能もさることながら、その心が発する波動は、一つや二つの星を破壊できるくらいのパワーを持っています。これだけパワーのある心が集団を作ると、惑星どころか太陽系や銀河系まで破壊してしまうこともできます。それが必要なら集団になることもありますが、普段は、意図的な集団を作ることはありません。
 
 実際に肉体を使ってする仕事は召し使いにさせます。人間は管理するだけです。召し使いとは「真実を告げる書」に描かれている人間の形をした生体ロボットのことです。(広い意味では人間もロボットですが。)
 ロボットと言っても心は必要です。この心は、本当の人間であるならば、その人間の

 召し使いは自分の手足となって動いてくれる召し使いだけではありません。伝令のように指示、命令、伝言などを伝える召し使いもいます。俗にいう天使です。

 実と虚の召し使いと自分が三位一体となって、

 独りぼっちと言っても、実際の暮らしは何もかも召使いがしてくれます。あなたの好みの歌を歌ったり踊ったりもしてくれます。話し相手にもなってくれます。セックスのパートナーともなってくれます。(これはオナニーと同じことになります。)姿形は自由に変えることができますので、あきることはないです。

 仕事の場合は一つの目的に向かって一人をリーダーとして他の者がそれに従えばよいのですが、私生活を複数で送ると苦しい結果となります。皆考え方はまちまちです。皆人間として正しい心を持っていますので考え方はまちまちであってもどれも正しいです。


11.波動のやりとり
 この世の常識では、法を犯した者は裁判にかけ、罪の重い者は刑務所に入れて罪をつぐなうのだと解釈されています。でも実際の罪の償いは罪を犯した時点で既に行われています。例えば、

 ボランティアとして無償で人に施しをすることは、お金が介するかどうかだけであって仕事をしているのとかわりません。お金を介する場合は、自分の施し分がすぐに給料などとして返ってくるし、無償で施しをする場合は、後々何らかの形で自分に返ってくることになります。無償で施しをすることを言い換えれば

 欲得もないのに現世で利益を得る人は、前世でそれだけの施しをしていることになります。そういう方は、ありがたいという気持ちも必要ですが、それを断ったり、申し訳ないと思ったりすることはありません。堂々と施しを受けたらよいです。

 前世で施しばかり受けて来た人は、現世ではボランティア活動にいそしむことになります。前世で濡れ手に粟のお金で贅沢三昧の暮らしをしてきた者は、現世では「お金がない」「お金がない」とこぼす毎日を送らなければなりません。食べ物を粗末にして来たものは、食べ物を十分に買えないとか、おいしく食事をとれない体になってしまうかもしれません。自分の体を大切にできなかったものは、不自由な体となって生まれてくるかも知れません。人を殺したものは、現世で何の罪もなく生きていても同じような殺され方をするかも知れません。因果応報です。
 
 ───自分の今の生き方、それでよろしいですか。
       改めるところがあれば改めて下さい。来世のために。───

 法律というのは、全ての犯罪行為に対して的確に対応しているわけではありません。罪を犯したと言っても、それが全て罪になるとは言い切れません。むしろ、法を犯していなくても罪を犯している人の方がたくさんいます。人を苦しめることが犯罪と思って下さい。

 特異な例として、スプーンまげなどの超能力を得意になってやっていると、エネルギーは消耗します。それを誇示したりなどで無意味に超能力を使わないことです。本当の人間には、元々そういう能力があります。「このよう能力がありますよ。」と明示するのはかまいません。
 
 他に、セックスを遊びとしたり、卑猥なものとしたりすることも心を縮小します。


12.波動の科学
 この本をここまで読まれた方は、波動の科学がおおよそどのようなものかお分かりになられたかと思います。物事を科学的に見ることは非常に大切なことです。もう一度ここでおさらいの意味も含めて波動の科学の概略を説明していきたいと思います。

 波動とは、形あるものないもの全てのものの根源です。現代科学をよく見ると物質そのものの存在、物質的に作用する力、法則、さらには時間や空間は、元々あるものとして成り立っています。このような科学ではそのようなものの存在の解明はもちろん、それらの法則に従わない事実現象は、全く説明することができません。

 心の構造上、今ある以上にメモリが開けない、言い換えれば考える余地がない者や心が素直でないがために今までのことを打ち消し、新しいことを素直に受け入れることができない者は、理解できないことになります。前者は苦しみに耐え、心を大きくしなければなりません。後者は素直な心になるよう自分を戒めなければなりません。それができない者は放っておくしかありません。それはそれで幸せな心となります。

 私たちの日常生活の中で平然と行われていることが、実は全くおかしなことだと気付くことはありませんか。逆に、これはおかしい、こんな馬鹿なことはないと思うことが真実だということもあります。今ある現象・事象にこだわらず、真実を受け入れることのできる心になるよう努力して下さい。

    ───これを難しく言えば「色即是空」の
            境地になりなさいということです。───

 波動というものを介さずに、時間と空間を直接作ることも可能ですが、これでは時間と空間は、固定されたものとなってしまいます。時間と空間の波動から、様々な時間と空間を作り出すことにより、一つの宇宙の中に無数の世界を作り出すことができるのです。この宇宙を永遠に飽きることなく生きて行くために、そして、心のレベルが違っても同様の楽しみを得るためには、そのような仕組みを作っておかなければなりません。それが波動の科学の基本なのです。そして時間と空間の二つの波動は、宇宙の中心から発せられるものと思って下さい。

 でもちょっと待って下さい。物質を作ると、それをコントロールするために様々な要素が必要になって来ます。まず物質相互に作用する引力や磁力などの力が必要になって来ます。そして、それらを意味付けするデータを乗せなければなりません。とすると波動の数は全部でいくつになりましたか。

 そう、宇宙の中心からは7つの波動が発せられているのです。

 ということでできた一つがこの地球です。と言っても私たちの住む地球の自然は、この宇宙の中でもっともできが悪いです。さらに、その自然を破壊する地球人は最悪です。相手より先に自分を守ろうとする余り、自分達の住む基盤となっている地球の自然そのものを駄目にしています。
 と言っても修行の場としては、宇宙の中で最高のところです。今しばらくはこの地球で修行しましょう。そして修行が終われば地球も他の星と交流できる良き星としましょう。
 そうなのですが、今の地球を見ていると、いつまでこの自然が保たれているか分かりません。このままでは地球上にある全ての生命が消滅してしまうでしょう。でもご安心下さい。月や火星のような索漠とした星になっても波動を変えれば、再び緑豊かな自然が蘇ります。しかし、一旦はこの地球から退避しなければいけません。

 ここで理解に苦しむことを述べます。波動のレベルというものがあります。波動をどの程度使いこなせるかということです。地球人は、波動があることすら知っていませんので、当然、最低ランクです。 
 波動のレベルが高いと、どういうことができるかというと、皆さんの興味のあるUFOを作り、宇宙空間を自由自在に飛び回ることができます。UFOと言っても波動のレベルにより、その機能には大きな差があります。他には超能力と言われるような能力を日常茶飯事に使うことができます。乗り物なしで空を飛んだり、重いものを軽々と運んだりすることができます。
 ここまでは、この本を読んでおられる方なら誰でも理解できると思います。理解できないのは、波動のレベルを変えると別の世界となってしまうことです。例えば

 地球に住むエロヒムは、今は海底や地底で暮らしていますが、その生活区域だけ波動のレベルを変えています。浦島太郎の話で分かると思いますが、私たちが地球に住むエロヒムと何ヶ月か一緒に暮らしたとすると、地上に戻ったときは、何十年という時間が過ぎています。

 宇宙人が別の星へ移動する時は、その星の波動に合わさなければいけません。高いレベルの宇宙人はそれより下のレベルの波動なら、どの星の波動にも合わすことができます。その反対に自分よりレベルの高い波動には合わすことができません。従ってその星に行っても、見る物は親神様が作られた無地の状態の星を見ることになるだけです。
 地球人は最も下のレベルの宇宙人ですので、この宇宙をどんなに探しても宇宙人やUFO、それどころか単細胞生物すら見つける事はできません。あなたがUFOを見たとしたら、それはあなたに見えるように、地球の波動に合せてくれたのです。

    ───その星の波動に合せること、
           これが本当の「波動合わせ」なのです。───

 従ってテレパシーにはこの宇宙のどんな心にも共通して使えます。生命体ではない全く機械的なコンピュータであっても、有と無の状態を言語にしていればキーボードなどを使わずテレパシーだけでやりとりできます。言語が一緒であれば程度の差こそあれ何とでも会話できるということです。花や虫や鳥とでも、自分の体を作っている60兆個の細胞の心とも会話できるわけです。
 テレパシーを聞くためには、

 私がオーラを見えるようになったのは「あなたにもオーラが見える」という本の通りに訓練してからです。しかし、この本は絶版になっています。これは、この本に書いてある内容をもう他の人は知らなくてよいという意味です。しかしオーラを見る必要はありますので、その方法だけは紹介しておきます。

 見えるものには、惑わされやすいということを念頭に入れておいて下さい。姿形では、そのものの本質を見抜くことはできません。姿形は化身することにより、いかようにも変えられます。姿形はまったくあてになりません。あなたの目の前に絶世の美人が、あるいは星の王子様のような人が現れたとしても、その心は人間でないかもしれません。虚であろうが実であろうが、その姿形だけで物事を判断しないで下さい。

 現代科学は波動の科学の一部です。というより、この世の筋書きのためにと特別に作られた科学です。特に物質を合成して新たな物質を作り出すということは、波動の科学では極力避けます。
 生命体というものは今ある自然の中で育み維持できるように作られています。自然にあるものに化学変化を与え新しいものを作り出しても、ほとんど生命体に害あるものとなってしまいます。新しい物質を作り出す時は、波動を合成して作り出します。波動を使えば何もかも思いのままに作り出すことができます。この地球の自然を作り出したのも波動の科学です。そしてもう一度地球の自然を作り直すのも波動の科学です。現代科学では不可能です。

 波動の科学は非常に奥深く、この地球の自然を作ったエロヒムでもまだまだ理解できないものです。この宇宙で波動の科学を完全に理解できたものは、まだ数える程です。波動の科学は、この宇宙を楽しく飽きることなく永遠に過ごせるように作り出されたものだからこそ、そう簡単に理解できるものではないということです。

 以上、波動の科学というものがどのようなものなのか概略を説明しました。波動の存在そのものは、いずれ筋書きとして発見される時が来ます。行く行くは、何もかも分かってくる時が来ます。でも、それを目の前に見せられてもまだ信じられない者もいるでしょう。多くの混乱が予想されます。現代科学だけがすべてと思っている者、特に科学者には、大きなショックを与えるでしょう。また地球人を二分化する要因にもなるでしょう。


13.筋書きの矛盾
 私が、この世が筋書き通りに動いていることを知ったのは、平成元年のことです。
4月21日に覚醒し、しばらくしてから「この世はすべて筋書きです。」と上から教えられました。そして平成10年に「生きがいの創造」という本を知ることになりました。この本のお陰で全ての方に「間違いなく筋書きですよ。」ということができるようになりました。
 そんな私でも本当に筋書きであるかどうかわからなくなるような苦しみを、何回も経験して来ました。それでも上から言われることを信じ、耐えに耐えやって来ました。普通に考えたら絶体絶命と思われるようなことも、思わぬ方向へ好転し、後から見るとやっぱり筋書きだったと苦笑することが何回もありました。そんなことを何回も経験していると、どうなってしまうか分からないようなことでも、これは筋書き、時期が来れば必ずよい方向へ向かうのだという強い確信が根付いて来ます。
 この世が筋書きと分かり、そしてそれが自分が書いたものと分かるならば、後は自分を信じればよいだけです。「信じる者は救われる。」と言いますが、何を信じるのかと言えば自分を信じればよいわけです。自分を信じられない者は人間になってはならないと言うことです。神を信じることも大切ですが、神は人間に「神と同等の心を持ちなさい。」と言っています。神と同等の心なら自分を信じることは神を信じることと同じです。でも、それは幾多の苦難を乗り越えて得られるものです。これからやってくる多くの惨事は、そのためにあるのです。嘆くどころか与えてもらうことを感謝すべきなのです。
 
 筋書きだと分かり、最初の頃とても悩んだことがあります。それは


14.無の矛盾
 私たちは生まれた時から時間、空間、そして物質のある中で生きています。生まれた時から周りにあるものは、あって当たり前のように思っています。ところが全く見知らぬもの、でき事を見ると驚いたり不思議がったりするものです。でも、それが生まれた時からあるものなら、理解できなくても何とも思わないものです。

 テーマ“恋愛”で述べていますが、物質も時間も空間も作られたものです。物質も時間も空間もない状態が本当なのです。この何もない状態を想像できますか。全く何もない状態です。何も無い、何も無い…
 本当に何も無いですか。何かおかしいことに気付きませんか。

 というより無は、もともとコンピュータそのものだったのです。それも、この世のコンピュータと違い、自起動(自己認識)できるコンピュータだったのです。

 6つというのは理論上どうしても必要な数で、それに自分を加えた7という数字は、「真実を告げる書」にも書いてあるとおり、すべての物事の基本となっています。

 ここで大事なことは、自分で自分を守ることはできないということです。お互いがお互いを守ることにより、自分が存続できるのです。自己を保存しようとするとどうなるかは、この世を見たらお分かりと思います。

 さて、このようにしてできた神々は、不具合を修正し心を大きくするために肉体・宇宙を創造し、その上で陽気に楽しみながら時々苦を混ぜて自分達を完璧にしていったのです。完璧になった段階で、いよいよこの宇宙を作り人間を創り出していったのです。この続きはPart5[時間と空間]にてお話します。


15.エトセトラ
1.正しい答えと間違った答え

 子供はなぜ産む。              
 なぜセックスする。
 なぜ食べる。   
 なぜ仕事する。   
 なぜ遊ぶ。    


2.詭弁
1.ラジオで聞いたヨットマンの話。
2.ラジオで聞いた数学者の話。


3.この世の霊

霊の定義:肉体を持たず、心のままで存在すること。
     つまり、あなたも死んで心だけになれば霊となる。

霊の種類
 1.人間界に
 2.死んでも
 3.霊界に
 4.背後霊:あの世の
 5.守護霊:あなたの
 6.他に、妖怪、妖精、

 妖怪・妖精には、様々なものがいる。どちらも実ではなく虚である。妖怪は気持ちが悪く怖い者と、逆に愉快、楽しい者がいる。一般的に妖精は美しく妖怪は滑稽味があるが妖精も妖怪も本質的には同じものである。妖怪は人に憑いて悪さをすることもあるが、どちらかと言うとイタズラが多い。愉快なもの、怖いもの、気持ち悪いもの、人にイタズラするもの、人を助けるもの、人に悪さをするもの。でも、波動が違うから普段は見ることができない。

 鬼には、一本角と二本角がいる。一本角はちょっと弱い。
 鬼は恐そうに見えるが、臆病な所もある。相手が自分より強そうと思うと逃げ出してしまう。鬼には赤鬼、赤鬼の子供、青鬼、青鬼の子供、天の邪鬼、般若がいる。
 赤鬼は元気いっぱい。陽気であるが、どう猛である。赤鬼の子供は

 鬼・悪魔や妖怪・妖精は人に憑くだけでなく、地球人として生まれて来ている者もいる。でも地球人として生まれて来ているということは、修行に来ている訳である。皆仲良く修行しているのである。
 動物も地球人として生まれて来ている者もいる。また同じく修行である。仲良く修行しましょう。

※妖精はよいのですが、魑魅魍魎・妖怪・鬼とか言うと憎悪を感じてしまうものです。ここでは皆友達という感覚で述べていますので差別・誤解のないようにお願いします。


4.会話
1.嘘をつく
2.地球の温暖化
3.ギャンブル
3.ロールプレインゲーム


16.終わりに
 平成16年(2004年)3月頃でしたか、アメリカ国防相の地球温暖化レポートが暴露されて話題になったことがあります。

作物が取れなくなり、食料危機が起こります。

 この話が本当なら(遅かれ早かれいずれはそうなりますが。)そろそろ食料危機に備えて準備をしなければなりません。食料危機が本格化すれば、お金の価値は全くなくなってしまいます。いくらお金があっても食べ物がないわけですから買いようがありません。賢明な方は、どうすればよいかはもうお分かりだと思います。

2015〜2020年頃には、現代科学最高の時を迎えます。世紀の大発明もされ、エネルギー革命も起きているでしょう。波動の存在も証明されているかも知れません。有頂天になる者もいるでしょう。でも今は来るべき時に備えてこつこつとお金を貯めて下さい。

 温暖化レポートやジュセリーノの話が本当であれば、2020年頃に準備を始め、2025年頃には完全自給自足できるようにしておくとよいです。それと、この自給自足は半端なものではありません。何も手に入らないことを前提にしておかなければなりません。今はそのための資金を用意する時です。今、アリとなるかキリギリスとなるかです。(どちらがよいと言う意味ではありません。今どうあるべきかと言うことです。)

 どれだけ用意周到、準備万端整えても、現代文明の最後は来ます。どうにもならないときが来ますが、最後は信じられないようなことが起こります。最後まで生き残った者は全員救われますのでご安心下さい。
 最後まで生き残るのに最も大切なことは、人間として正しい心持ちになるよう日々心の向上に努めることです。Part4[心]はそのためのテキストです。

―――人間として正しく生きる者を神は見捨てるわけがありません。―――