治療理念

 治療l理念を述べる前に、予備知識として身体が悪くなる原因を考えてみます。

 身体が悪くなる原因として次の二つが考えられます。
一つは先天的に異常がある場合です。先天的に異常があるとは遺伝子に欠陥があるということです。この場合生まれつきに異常が出る場合と時間の経過と共に出てくる場合があります。
 もう一つは、後天的に悪くなる場合です。
心の持ち方、生活習慣、環境などが関係します。先天的に異常があっても後天的なことに気を付けていれば先天的なことで病気になることは少ないです。生活習慣や仕事のやり方は避けられないものもありますが、その人の心持ちが大きく関係します。心の持ち方が良ければ暴飲暴食もしないでしょうし規則正しい生活も心がけるでしょう。つまりのところ、ほとんどの症状、病気は心の持ち方次第で決まると言うことです。

 心の持ち方はストレスに大きく関係します。イライラ、不満、不安、腹を立てることなどは、自分で自分に作り出すストレスです。また、そのストレスを解消するためにお酒や食べ物に頼ったりします。これでは悪循環です。β(ベーター)エンドルフィンを過剰に放出してストレスを解消するやり方は結果的には自分の身体を駄目にします。物事の見方、考え方を変えること、何事もプラス思考することが自分で自分に作り出すストレスを解消する最も良い方法です。

 話は変わりますが、日蓮証人の教えの中に「八風」という言葉があります。
 これは人間の抱く喜怒哀楽を八つの難しい言葉で言い表したものです。一般的には馴染みのない言葉ですのでこの言葉を使うとかえって分かりづらくなります。
 要するに「私たちが抱く喜怒哀楽は人間として抱く本当の喜怒哀楽ではありません。」ということです。
 生きていく上で怒ったり哀しんだりすることは少しも楽しいことではありません。だったら怒ったり哀しんだりしてはならないということになります。でも、怒ったり哀しんだりすることがまったくなかったら無味乾燥な人間となってしまいます。
 どういうことかというと、怒ったり哀しんだりすることは大切ではあるが、それが生きていく上で楽しくなるようにしなさいということです。

 同じく、私たちが抱く喜び楽しさは本当の喜び楽しさではないということです。その中には健康を害するものから人を傷つけるもの、そして地球の自然を破壊するようなものまであります。
 「八風」という言葉の意味が分かるまでは、どんなに楽しいことであってもそれは一時的なものだと言うことを、そしてそれは、必ず、いつかどこかで苦が生ずるものだということを忘れてはなりません。
 「八風」と言う意味は、これ以上は言葉で言い表すことは出来ません。一人一人が悟るしかありません。つまり人間として正しい心持ちになるということです。
 
――苦をなくすこと、そのためには人間として正しい心持ちを教えてあげること。
          これが私の治療理念の根本となっているのです。――

患者さんはいろいろな症状を持って来院されます。肩がこっている、腰が痛いとか様々です。いずれも患者さんにとっては苦です。まずこの苦を取り除かなければいけません。これは施術を施すことによって可能です。なかには極度に症状が悪化してしまった方がおられ困難な場合がありますが、ほとんどの方は何回かの施術で改善されてしまいます。
 しかし、症状をなくしただけでは本当に治療したとは言えません。なぜならば先ほど説明したようにその症状のほとんどはその人の心持ちから来るものだからです。心の持ち方を正さなければいずれまた再発することになります。従ってその人の心持ちが改善されるようにアドバイスしなければいけません。
 症状としての苦もありますが、人には他にもいろいろな苦があります。そのような苦もなくしてあげなくてはいけません。
 私が整体の仕事を始めたのはお金儲けが第一目的ではありません。今の社会に対して何かをしなければいけないという思いからです。そして整体の仕事はその目的を叶えるためのひとつとして私に適していたものだったということです。
 当初はこの社会に対して何かをしなければならないという思いは漠然としたものでしたが、整体の仕事を通じさらに人間として正しい心持ちとは何かを追求して来たことにより私のしなければならないことは明確となりました。

 人の苦を取ることの中で最も悩んだことは、性的なことです。
性的なことは一時は否定したこともあります。でも最終的な結論は既に述べた通り人間にとって食と同じように大切なものだということが分かりました。
 しかし、患者さんに対してそれをどうしてあげたらよいかは、なかなか結論が出ませんでした。心理学者フロイドも「女性の多くは性的なもので悪くなっている。」と説いてます。ならば性的な苦も取り除くことが必要です。しかし、今の社会において性は秘なるもの、嫌らしいものという考え方が往々にしてあります。その反面フリーセックスという言葉があるように性のあり方が淫らなものとなっています。
 ではどうすれば良いかと言うことになります。
それはお釈迦様の言葉の中に隠されていました。
 お釈迦様はこの世は「苦」だと言っておられます。なぜ苦なのかというと「人間として正しい心持ちでないからだ。」と言ってます。
 この言葉を逆に見ると「苦があるからこそ人間として正しい心持ちになる。」ということになります。
 その人の持つ苦はその人の心を正すためにあるということです。性的な苦もその人の心を正すためにあるということです。性に嫌悪を感じたり秘なるものとしたり卑猥なものとしたり快楽としたりする者には、性的な苦は必要であるということです。逆に性を純粋で清く正しいものとする心があれば性的な苦は必要ありません。もし、そのような方が性的に苦しんでいるならば取ってあげる必要があります。